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『くすぶれ!モテない系』 感想 

『くすぶれ!モテない系』 
    能町みね子 ブックマン社 2007.12.10発行

あはははは!(あはははって・・・(^.^);)

 この本は要するに
「どうやったらモテるかは頭では分っているけれども、自意識だのプライドだのが
 ごっちゃごちゃにからみあって、恥ずかしくてそんな行動が絶対にできないからモテない人」という、
今まで世間から無視されてきた存在に光を当て(あはは!)
これを「モテない系」と名付け、
「そんな「モテない系」を励ますでもけなすでもなく、てきとーにいじり倒して満足するという
生産性のまったくないエッセイ 」

(まえがき より)

なんです。(^^♪
ああ、ほんとにすっかり要約されちゃった↑

本当にね~~~
今までの情報媒体というのは、TVでも雑誌でも 
”世間一般”の男女がいかにモテたがっているか、モテようと努力しているか、
恋愛に命かけてるか~~を報道してきた訳ですよ。
そういう情報にばっかり晒されてきたわけですよ、私は。私たちは。
それで、素直に、
”そうか、世間の人は、そんなにモテたがってるのか、モテるためにいろいろやってんのか、 恋愛したがってるのか~~~”
って、思っちゃって、

それに比べて、特に男にモテたい、とか「恋したいの~~」とか全然思わない自分、ってのは
世間的には”変人”なのか?超少数派なのか?
などと、憮然として思っていたわけですよ。別になんてことない青春時代にさ。

いや、結構楽しくやってたから、”悩む”って程ではなかったんだけど、
自分にモテたい願望があまりないので
”え、そうなの?”
って感じにどうにも不思議だったんですよ。

だって、私の友人たちにしてもソンナ感じじゃなかったし。
ま、だからこそ友人になれたんだけど。
ヘビメタ、ヘッドホンで聴きながら頭振ってる子もいたし(女子だよ)
ジャズピアニストになるべく突っ走ってる子もいたよ
そりゃ、茶髪にしてくるんくるんに巻いて、唇うるるんの子もいたけど、
そんな子ばっかしじゃなくて、
いや、その子だってモテたいだけじゃなくて他のオーラも出してたし、
いろんな子がいましたよ、クラスには。

みんなそれぞれに独立していて、一括りになんかできない人たちだったよ。 

だから、ほんと不思議だったの。
世間の世の中の男女は皆モテたがっている~、
  恋愛のために努力を惜しまない~~的な情報の嵐がさ。

でもね、でもね。
そうだよね。
そうじゃない人たちだって、いるよね。それも結構な数、いるんだよね。
と、なんか安心しちゃったこの1冊。

「モテない系」は 別に ”モテたくない”訳じゃない。
 モテるにこしたことはない。
けど、だからといってモテたいがためにピンクのワンピースなんか着て、
アンダーのキャミのフリルちょい見せ~~なんて、ことは絶対にできない。
男受け良くするためにわざとバカっぽい受け答えをするのなんてもっての外!」

要は、
「モテたいがために本来の自分を殺して男好みの姿を取り繕う、なんてことは できない!」っていう女子たちなんですよね。

でもって、モテるなんの努力もしないまま、
「いつか私のことを分ってくれる王子様がきっと現れる、はず」なんて甘いことを、
頭の片隅でうっすらと考えているうちに、いつか三十路を迎えちゃうなんて、女子たちも多いはずなんだ。これは「独女」にありがちなんだ。
もちろん「モテない系男子」にも多いはずなんだ。

自分のことを語るのに、もの凄ーーく沢山の言葉を(それも微妙な)必要とする、
なんかいろいろこだわりのある人たちなんですよ。

ココに分類される人たちのことは、確かに今まで語られることはなかったから
(商業ベースに乗らないからですか??)
”ああ、うん、わかるわかる~~~~ほんとそうなんだって~~~~~!”
バンバンバンっ(机強打!)ってな感じで

「共感」とか「苦笑」とか「自虐の笑い」と共に、スラスラ読めてしまいます。

全くこれはやっと登場してくれたか!!的な「隙間エッセイ」と言えるでしょう。

心当たりのある人は、読んで絶対和めると思う^^;
にまにま笑えると思う!

でも、
ここまでアツク語っておいてナンですが・・・
ワタクシ、著者の分類で言うところの「圏外ちゃん」よりかもしれないッス・・・(T_T)

(表紙のどくだみの絵がいっそ清清しいのですよ(笑))


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[ 2008/07/27 20:32 ] 本の感想 | トラックバック(-) | CM(0)

『捕鯨問題の歴史社会学』 感想 

捕鯨問題の歴史社会学 
         渡邊洋之  東信堂 2006.9.1発行

 これは、「学者さんが研究結果を一冊の本にまとめました」的なとっつきにくい本ではあります^^;
でも、この方自身が調査したデータを載せ、それについて考察しているわけで
信頼できる本でもあります。

”捕鯨は本当に「日本」古来の伝統文化なのか?”についての検証といってよいかと思います。
日本各地のいくつかの町で、クジラ肉の食習慣についての聞き取り調査
(食べるか否か。食べる部位。いつ頃から食べるようになったか、等)をしています。

で、読んでてなかなか新鮮だったのは
たいてい「日本と捕鯨の歴史」とか言うと、
”日本における捕鯨の歴史は古く、文献にも残っているし、クジラ塚もあり、捕鯨は日本の伝統文化である”
みたいな記事が多いんですが

この本を読むところ、実際
「日本の一部地域ではそうだったかもしれないが、捕鯨が伝統文化ではない地域も多くある」ということなんです。
そりゃあ、そうだ。
日本みたいに南北に長い国で、クジラが比較的多く漂着する地域もあれば、クジラなんて一度も見たこともない地域もある。
"日本の”・・なんて大まかに一般化できるわけもないわけです。

”捕鯨は日本の伝統文化”どころか
かつての網捕り式捕鯨に変わってノルウェー式での捕鯨の導入に伴って、1900年代に入り、日本国内の各地(それまで捕鯨が行われていなかった)においても捕鯨が行われるようになって、
その当地の漁師たちの中から反捕鯨の運動まで起こっていた、らしい。
反捕鯨運動が起った主な土地は千葉県銚子、石川県宇出津、宮城県鮎川
(いずれも猟師町。鮎川にいたっては日本有数の捕鯨基地だし!)

中でもとりわけ激しかったのは
「東洋捕鯨株式会社鮫事業場焼き打ち事件」
 1911年 青森県三戸部鮫村にて、同年に開設した東洋漁業の捕鯨事業場を
 その地の漁民が焼き討ちし、死者・重軽傷者を出した・・・らしい。

捕鯨に反対する理由としては、

イワシ漁の漁師にとってクジラはイワシを沿岸へ導いてくれる神(=恵比寿)であって、
その神を殺して食すなんて、罰当たりめ!!ってのが一つ。

もう一つは、クジラを解体する時に生ずる血や油によって、魚が寄り付かなく
なったり死んだりするんじゃないか、という危惧。
鮫村の事件については、その主な首謀者が軍隊帰りだった、ってことも
著者は考慮に入れてるようでした。

「日本各地で昔から捕鯨をしていて、日本人は皆クジラ肉が大好き!」~なんてことを
勝手に想像していた自分にとっては、全くもって眼から鱗ぼろり状態!!

”捕鯨は日本の伝統文化である”とかいう一説に、
自分自身でなんの検証もすることなく洗脳されていたんだ・・・・と言う事実
に、けっこうショックです(:_;)

結論としては、日本と言う国の中で
クジラが、食肉も含めて文化として古くから定着している地域もあれば
神として畏敬の念を持っているが、捕鯨=食肉まではしない、地域もあれば
まったく縁のない内陸の地域もある。
ということなんです。(よく考えれば 当たり前だよね・・・)

外国の牛 食ってる奴らに
「日本人可愛いクジラ食べますかー?!オー、カワイソーネ!ヤメナサーイ!」とか言われて
「クジラ食べるのは日本の文化だ!放っときやがれっ!(-"-)!」
って一喝したくなるのは 本っ当によく分るんだけど
日本の全地域でクジラ文化が息づいている~~~みたいなことを言っちゃうのは、間違いなんです。

(かといって、他国の食文化に口を挟む反捕鯨の奴らには全く腹が立つわけですが!!!)

ということがよく分る為になる1冊でした。

[ 2008/05/23 13:35 ] 本の感想 | トラックバック(-) | CM(1)

『冷蔵庫で食品を腐らす日本人』 感想 

『冷蔵庫で食品を腐らす日本人』 
    魚柄仁之助   朝日新書  2007・8・30発行

いや、これは・・・心にグサっ!とくるタイトルですな(^^ゞ
ええ、そうです。
冷蔵庫の奥~~の方に佇んでいる蓋の閉まったタッパーなんかは謎めいていて
「あれはきっと3週間ほど前に後で煮物に加えよう、とか思って取っておいたアレよね・・・」
と、気づいてはいても、見て見ぬふりをしてきたブツ。
必死に気づかないふりをしてきたブツ。

心が弱っている時なんかは決して蓋を開けられません。

ある時
”このままじゃいけないっ!”って勇気を振り絞って、蓋を開け、
そこに過去の記憶どおりの食品はなく(←予想通り・・・)
淡いグリーンのマリモみたいになった物体を見つけたときには
 おうちで苔寺?^^; ” とか
おどけて見せるしかない訳なんですが・・・・。

ええ、反省してます(;_;

要は、冷蔵庫が大型化している、っていう話。
一人暮らしの老人の小さな台所にも、
400リットルのシルバーの冷蔵庫がキラキラと鎮座していらっしゃる。

大は小を兼ねるっていうし、最近の冷蔵庫は省エネが進んでるから、
大きくたって電気代は昔の冷蔵庫よりもお安いくらいですよ、奥様!って言われたら、
ふら~~~っと、大型のものを買ってしまいがちですわね。

大きいから一杯入るので、安売りの時に「えーい買っちまえ!」
そんで、以前買った食品を使わなきゃいけない、ってんで
古いものから順に追われるように食事を作るんですな。
そんなだから 買い溜めしたものを食べる時にはもう 消費期限ギリギリだったりして^^;
(そうやって 冷蔵庫内の食品をあらかた使い終わった時には妙にすっきりした気持ちになります。
例えるならば、締め切りまでに無事に原稿を収めた作家のような・・・

それで著者は言うわけです。

 ”その日買ってきたものは、その日のうちに調理して食べきってしまう。
 そうすれば保存の必要はないわけだから、大きな冷蔵庫は必要ない。
 無駄な電気を消費することもないし、食べ物を捨てることもなくなるよ”と。


全くそのとおりだなー
安いから、って沢山買って、でも結局腐らせたりして捨ててしまうくらいなら
(これって、外国から食品を大量に輸入しておいて、
 でも国内で大量に廃棄している日本の状況と 似てますね?)
最初から今日必要な分だけ買うほうが、経済的にも精神的にも良いかもしれません。
晩御飯何にしよう~~??って悩まずにすむしね。だってソレしかなかったら悩めないもん。

ただね、
買い物って、女の人にとって最大のストレス解消だったりするんだよね。
お買い得品をGetした時の喜びというのは、何モノにも替えがたいのですよ。
”いや~~~ん、得しちゃった~~~^^私って有能な主婦~~~!!”
 ↑ってな具合に。

だから、”必要なものだけ買えばいいんだ”と分っていてもなかなか難しいもんです。
ま、ほどほどに、ということでしょうか。

良い方法は、車で買い物に行かずに歩いて、とか自転車で行くといいんだよね。
運動にもなるし、重いと持って帰るの大変だから買い過ぎる事もない。

全体的に ”学者先生の書いた小難しい本”というのでは決して!決してなくて(笑)!
とっても 読みやすいし、面白いし読本です。
終章では希望に満ちた事例を紹介してくれてるし。
 (そうだ!邪魔なものはみんな喰ってしまえ~~!)
沖縄と昆布の関係についても、目から鱗的な驚きありで グ~~~~です。

私にとって予想外の収穫だったのは
長年のクジラ肉に関する疑問が解消されたこと!
というのも、クジラ肉の話題がTVや雑誌なんかに出た際に、オジサンなんかが「あんなにウマいものはない!」

とか発言している訳ですが・・・
私の食べたクジラ肉はどちらかというと硬くて、それほど「美味しい」ものとは思えなかったんです。
だから、「昔食べモンのなかった頃の”肉”だから、すーーごく美味しく感じたんだろうか?」
なんて、失礼なことを考えてたわけなんですが。

わかりました(^.^);

食べてるクジラの種類が違ったんだよ!
オジサンたちが「あんなウマいものはない!」って言ってたのは、
多分「シロナガスクジラ」の尾っぽの中の部分(尾の身というらしい)だったんです!
これは、”牛の霜降り肉の刺身みたい”なんだってさ!食べてみたいぞ!!

ソレに対して
私が食べた「クジラの竜田揚げ」に使われてたのは多分「ミンククジラ」の肉!
これは、赤身で硬くて美味しくない。さっきの「尾の身」とは月とスッポンなんだってさ

そりゃそうだ。
クジラっていっても、いろんな種類があって、その「肉」っていっても部位によってそれぞれ違う訳だ。
「他に食べ物なかったから美味しく感じただけでしょ?」なんて、
タカビーなこと考えてて、
スミマセンでした<(_ _);>


現在このシロナガスクジラは個体数が減っているのでIWCにより捕獲は禁止。
ミンククジラは個体数の減少は確認されておらず
(むしろ増えててイワシ、イカをジャンスカ食べて漁師さんが困っている、とか)
IWCは捕獲を禁止しているが日本は調査捕鯨で捕獲して、日本の市場にも流通している、と。



[ 2008/05/21 13:37 ] 本の感想 | トラックバック(-) | CM(0)

『三浦和義事件』 感想 5 

最後の章: 後記

それまでの章では述べ切れなかった著者の島田荘司さん自身の考えや推理が語られてます。
まあ、面白いし、なるほどと思うところもあるけれど。

結局の所
著者の島田荘司さんは、三浦サンの事件は「冤罪」だと言いきってます。
つまり、この本が出た時点で有罪判決を受けている「殴打事件」と「銃撃事件」の2つともについて。
冤罪を前提に、三浦サンを弁護する推理、および裁判での疑問点が述べられているんですが・・・
正直 「?」 と感じるところが多いです。

「銃撃事件」については、確かに物証がほとんどないので、
あれで無期懲役を言い渡すのは無理がありすぎると、私も思う。

でも、
「殴打事件」については、裁判官が有罪判決出すのは妥当だったと思う。

この事件も物的証拠はやはりなく、「三浦に頼まれて、自分が一美さんを殴った」という矢沢さんの証言だけが証拠だと言われてるんだけども、
でも、
 ロスに出発する前に矢沢と話した友人女性の証言、
 殴打事件当日の夜に矢沢から告白されたという男性の証言、
 さらには襲われた一美さん自身が妹に語った事件の内容と、
矢沢さんの証言内容がほとんど一致している。

それに対して、三浦サンの
「渡米はマリファナ受け渡しのためで、それがうまくいかず、
また自分たち夫婦に嫉妬した矢沢が勝手に一美さんのいる部屋に押しかけて殴った」
っていうストーリーには、三浦サン自身しか証人がいない。

しかも、確たる物証がなく、
つまりは「証言の信憑性」だけが判断の要であることは明白なこの裁判の、最初の公判で、
あろうことか三浦サンは 嘘をついた。
当時の奥さんに「前妻を襲ったのは中国人の女」という嘘を既についていて、その奥さんが見ていたので”あれは実は愛人の矢沢だったとは言えなかった”とか・・・。

う~~ん。
事の軽重を間違ってるんじゃないスか?コレ・・・。

その辺のマスコミやテレビで嘘を付くのとは訳が違う。
法廷ですよ?
「真実のみを述べる」なんて誓ってから証言する法廷で、
嘘の証言をしてしまうんですから。(奥さんの手前、って理由で(*_*;!)

それはもう、
「コイツ法廷を舐めてやがる・・・」って裁判官の心象悪くするのは必定!
「私は嘘つきです」ってレッテルを自分で貼ったんだから、
もうその後の三浦サンの証言の信憑性なんて、ないも同然じゃないでしょうか?

10回本当のことを言った人が11回目に付いた嘘、と、10回嘘をついた人が語った11回目の真実。
他人がどちらを信じるか、なんて 明白じゃない?

だから、彼が公判ですぐにバレル嘘をついた時点で、この裁判で負けたのはほとんど「自業自得」といってもいいんじゃないか?
もしくは戦略の甘さ。 弁護士との連携のまずさ。
検察に無理矢理「自白」させられたり、「証拠」を捏造されたことから起った他の「冤罪」と、
同じレベルにしちゃいけないんじゃないか?


著者の言う”疑問点”についても、いくらでも反論できると思う。
(長くなるし、面倒なので^^ゞここには書かないけど )
むしろ、どうして著者がこれほどまでに三浦サンが「シロ」だと確信を持つのかが、私にはわかりません。

この本を読もうと思ったのは、当時のマスコミの報道と、三浦サンの言い分と両方を知りたいと思ったからだし、優れた推理小説作家の著者の考える「真相」を知れるかも、と期待してで。
で、読後にはきっと、「三浦サンはやってない」って考えに至るのかなー、なんて予想していたんですが。

・・・結果は全く逆で。
三浦サン側の「真相」を読んでも、その後の著者による三浦サンの弁護を読んでも、
「怪しい」と思う気持ちは消えません。

一体どうしてこんなに疑ってしまうんだろう、とつらつら考えるに
やはり 最終的に
 
 ミウラという夫婦がロスで銃撃され、
 旦那は足のみを撃たれたが、奥さんは頭を撃たれ1年後に死亡。
 奥さんには巨額の保険が掛けられていた。
 その奥さんは実はその3ヶ月前にも何者かに殴られていて
 当日同じホテルに泊まっていた旦那の愛人が、後に
 「旦那に奥さんを殺せと頼まれやった」と告白。
 また、その奥さんの前に付き合っていた女性は失踪していて、
 彼女の口座からミウラが430万円を引き落としていた。
 後にロスで発見された身元不明のジェーンドー88と呼ばれる死体と彼女の歯型が一致する。
 彼女がロスに入った当日、ミウラもまたロスに滞在していた。


これらの事実が一人の人間の身に全く偶然に起る、なんて、そんなことが
本当にあるんだろうか????
これら全てが、著者の言う「不幸な偶然」で、本人の作為はひとつもない、と?

三浦サンの語るストーリーが全部真実だとすると、
三浦サン以外の大勢の人が嘘をついている、ってことになります。
それは、もう、どうしたって 有り得ないんじゃないか??
(三浦サン自身のあまりに気軽に嘘をつく人間性については多くの証言があるのでね)

っていうのが、私がどうしても三浦サンを「シロ」だと思えない最大の理由なのかな~~


でも、
やっぱりどうしても不思議なのは”矢沢証言”
なんで矢沢さんは、自分自身も刑に問われるのに自供をしたのか?

著者は三浦サンに対する復讐がメインの理由だと考えていますが。
(一美さん亡き後、妻の座に納まってマスコミの注目を浴びているのは自分だったはずなのに、っていう「嫉妬+怒り」からくる復讐心だろう、みたいなことを著者は言ってますが・・・。
それもどうなんだ?
週刊誌のインタビューに応じちゃって、「三浦を逮捕するにはあなたが証言してくれなきゃ!」とか熱心に周りから言われ続けて、引くに引けなくなっちゃった、って感じなんでしょうか???)
矢沢さん、この方はまだ若いので無理とは思うんだけど、それこそ「時効」なんだろうから是非に『手記』など書いて欲しいものだなあ。本当の真実をね。

今後の三浦サンのロスでの裁判の行方も気になるところです。
一体、「再逮捕」を決定した「新事実」って、あるのかないのか?
何なのか?

もうすっごく長くなったので、「三浦和義事件」の感想はこれで一旦終わります。
この本自体は、「ロス疑惑」っていう事件のことが総合的によく解るとっても面白い本でした。


[ 2008/04/29 23:27 ] 本の感想 | トラックバック(-) | CM(0)

『三浦和義事件』感想 4 

次は 「裁判」の章。

ここは、またうって変わって「事実」を追って行く流れになって、
後半では裁判所の堅苦しい起訴状とか判決文とか登場して、面白かった。
この章を読んでる最中に、
タイムリーなことにTVで『それでも僕はやってない』っていう痴漢冤罪をテーマにした映画をやってたりして、日本の「裁判」について「う~~む~~っ」考えさせられました。

結局思ったのは

日本の「裁判」というのは、「真実」を追求するものではなく
検察が「証拠」をもとに組み立てたストーリー(訴因というらしい)と、それに対し弁護側が提示する反論と、どっちがよりもっともらしいか、を裁判官が判断する、
・・・そういうものなんだなー、と。

だから、ちゃんとした証拠が揃ってても、検察の推測したストーリーが方向違いなものだとしたら、「そのストーリは違うだろう」と。だから、検察のその推測に従っての求刑にたいしては「無罪」と。
その人が本当にやったかどうかにかかわらず、検察がもっともらしい「証拠」を提示してきたら「有罪」。
(それが作り上げた証拠であっても。そして、検察に不利な事実は”あっても”提示しない、と。)
検察の提示した「証拠」に有罪を証明する妥当性がなければ「無罪」。

日本の裁判は
全ての事実を広げて、サア、皆でこの事件を検証しましょう、というものでは全くなく、
検察は自分側に不利な証拠は知っていても提示しないし、
それを指摘するのは弁護側の仕事で、弁護側が無能だったりヤル気なかったりしたらば、被告人はそれこそ「無実の罪」を着せられることになる訳だ。

それが、殺人や強盗なんて大きな罪ならばいざ知らず、
「痴漢」なんて比較的小さな罪だったらば
「今ここで否認すれば何日も拘束されて、会社にもバレるよ。でも、素直に罪を認めれば、すぐに返してあげるし、せいぜい謝罪と罰金10万くらいで済むんだよ?黙ってれば会社にもばれないし、どっちがいい?」みたいに面倒な裁判とか起こしたくない検察側に猫なで声で脅されて、やむなく
「わかりました。自分が触りました。だから、帰してください」って言っちゃった人は案外沢山いたんでしょうかね。

映画「それでも~~」では、
最初に会った当番弁護士が主人公の男の子に
「裁判になると、すごく長引くよ。無実を勝ち取るのは凄く難しいよ。今なら示談もできますよ」みたいな事を、言ってましたね(T_T)

検察側に確たる証拠がない場合、結局容疑者の「自白」が一番の証拠になるわけで。
そうなると、第3者の目のない密室でヤクザまがいの「自白」の強要とか、相手を精神的に追い詰めて疲労させて騙まし討ちみたいに「自白」させるとか、いろいろ横行しそうなのは目に見えてる。
鹿児島の志布志事件の「踏み字」とか「罪を認めなければ家族全員逮捕する」とか、色々ホントに酷いことをしてたそうですね・・・。
(いつの時代の話だ?!と思うけど、それが”今”の現実なんだね。
普段見えてないだけで。 なんことだ!!!)

「自供すれば楽になるから、ゆっくり寝かせてやるから」とか、「とにかく今は”やりました”って言っておけ。裁判になったら否認すればいいんだから。」とか 冤罪事件ではよく聞くセリフだ。
 
 (この「踏み字」をさせた警部補に対して
  特別公務員暴行陵虐罪で有罪判決(懲役十月、執行猶予三年)が出ましたね!!!
  三月十八日・福岡地裁。
  せめてもの 救いだ・・・(T_T) )

三浦サンは当時日本公認の嫌われ者だったろうから、自供を取るために相当酷い「取調べ」を受けただろうな、とは、思います。その点についての彼の体験談は多少デフォルメがあったとしても、全く嘘じゃないんだろうなと。
そんな「取調べ」と言う名の 脅し、威嚇、暴力、懐柔、そんなものは決して許されるものではない。
そして、そういう警察、検察の「実態」を暴露した、っていうのは三浦サンの功績ではあるのかな。
彼が口を開けば、マスコミはなんでも記事にしただろうしね。影響力が大きかったのは確かだし。
そんな風に「罪」はいとも簡単に作り上げられてしまう、っていう恐ろしい現実を下々に教えてくれたわな。

結局の所、三浦サンが有罪になった「殴打事件」についても、
”矢沢証言”(「私が三浦に殺人を頼まれて一美さんを殴りました」)だけが有罪の決め手だったし、
「銃撃事件」に至っては、よくこれで一審で無期懲役を出したなぁ~って思うくらいに、証拠がない。(三浦サン嫌な奴!って思ってる私でさえ、この「無期懲役」判決はムチャ過ぎるだろ?!って思ったよ)
控訴審で逆転無罪になったのは、しょうがない、というか そりゃ当然だろう、と素人の私だって思います。
だって、「裁判」っていうのは、証拠が無いならばそれは「無罪」なんだよ。
「真実は何か?」ってことは関係ないんだもん。
「有罪」も「無罪」も裁判官が決めてる。でも、それが「真実」かどうかは関係ない。

続く。

[ 2008/03/25 00:58 ] 本の感想 | TB(0) | CM(0)

『三浦和義事件』感想 3 

続きの前に前回の補足説明を2つ、ばかり。

まず、
「三浦サンサイド視界での男女の「会話」がバカっぽくでイラつく」って点で

 私はこの三浦サイドの章は、

主に三浦サンの著書『不透明な時』(二見書房)から引用されてると思い、それで三浦サンって恋愛妄想体質なんじゃないか?センスが下司な親父レベルだ、等の印象を受けた訳なんですが、
あの『不透明な時』という本は、三浦サン本人が自筆したのではなく、
ゴーストライターが三浦サンから聞いて書いたものだとか。

だから、あの「会話」はライターが当時の読者受けしそうな風に創作したものかもしれない。それとも、アレが当時の恋人たちのセンスなのか、読者に優越感を与えるべくわざとアホっぽく仕上げたのかはわからないけど。
いづれにせよ、あのバカっぽい「会話」は三浦サンのせいじゃ、なかったということで。
読み込み不足でした。スイマセン。;

もう一つ。
ロスで一美さんが入院にしていた病院への治療費の支払いの件で補足。
 最初、三浦サンは一美さんの医療費が健康保険なのか労災扱いになるのかを社会保険労務士のTさんに尋ねたところ 「健康保険」だと。
それでTさんは手続きを取ったんだけど、ちょうど制度が改正されたばかりだったとか、海外で発生したという特殊性、一美さんが三浦サンの会社の社員扱いだった、とかいろいろあって、手続きにスゴク時間が掛かってしまったと。
その手続きの過程でTさんがロスの病院に必要書類を申請した所、病院側は医療費は日本の健康保険が支払うものと判断し、健保に請求書を送った、と。一方健保側は、特殊な事例のため支払いを逡巡してんだけど、そうしている内に「疑惑」騒ぎが勃発して、結局棚上げ(未払い)にしてしまったと。それで、ロスの病院は「まだ治療費が支払われていない」と。
だから、病院側が三浦サンに直接医療費の請求をして、三浦サンが断った、という訳ではなかったそうな。

ここで、私
”え?なーーんだ・・・”と思いかけたんですが・・・

でも、結局、未払いが判明した後も「犯人逮捕と引き換えでなければ医療費は支払わない」という三浦サンの正義感(?!)から 支払ってないんだと!
そうして病院に支払ってないため残った保険金(一美さんに対して支払われた)は、一美さんの死後夫たる三浦サンが相続税もキチンと払って相続した、と。でも、親の世代に相続権はないので、一美さんの両親にそのお金を分与する必要な一つもないんだと。

・・・・・・

p624に

”彼のこの正義感が、未払いが判明したのちも保険金の内からの支払いを拒絶させ、ひいてはマスコミによる金の誤解を加速して、事態をもつれさせたことは事実である”


なんて さらっと書いてあるんですが、
・・・・コレって、「正義」なんですか???
私はソレをただの「医療費踏み倒し」と呼ぶんだけどナ。
私と三浦サンは違う世界に住んでるなーーーと思った
著者の島田さん自身も、それを正義と思っているのか すごく気になるんですが。


やっと今日の本題(^^ゞ
次に、三浦サンが、
一美さん死亡によって手にした保険金を、一美さんの両親には一銭も渡さなかった「理由」。
(渡さないどころか、保険をかけていたことすらご両親には知らせてなかった。ご両親は週刊文春の記者からその事実を知った。最悪の婿だ。  ただし、渡米費用、滞在費などの実費は払ってくれた、という事です)

”しかし、それは彼らを信頼できなかったからだ。”だと!

(その前のくだりで、
”一美さんの両親が競輪や競馬のノミ屋をやっている(←一美さんご両親はこの事実を否定している、という著者による注釈あり)、性格は柔和だがあまり働き者ではないようだ、スナックに毎晩アルコールを飲みに行く、両親ともパチンコ好きで、熱中すると我を忘れるので一美さんは心配している。”
とかいう記述があります。ご丁寧にも「一美によると」と文頭に付けて!!!)

”夫婦に保険金のことを言えば、<中略>当然保険金を要求してくるだろう。
<略> 娘が死んだのだ。この金は貰って当然だと夫婦は考えるだろう。
ぶらぶら遊んでいれば、三千万くらいの金はすぐに消える。
それでは一美が可哀想だと三浦は思ったのだ。
一美の命と引き換えのこの金が、そんなふうにして無意味に消えるのは我慢がならない。
一美なら、この金を葉子(一美さんの娘)のために遣ってくれと言うはずだ。<略>三浦は、
身を粉にして働いてようやくここまで来たという思いが強かったから、無為徒食に金が消費されるのは、一円だって我慢がならなかった。(p443より抜粋)


!!!!!!!!!!!!!?

どうです、これ?!

三浦サンは、これで、皆が納得すると思って書いてるんですよね?この理屈で?!

実の娘がバカな婿にロスの治安の悪~~い場末に連れて行かれたせいで殺されたんだから、もし保険金が入ったのならいくらか要求したって、そんなの当然でしょ?
もし三浦サンが無実としても「危険な所に連れ出して、しかも無防備に道端に立たせておいた自分のせいだ、ご両親に申し訳ない」と反省するのが 普通でしょう?

一美さん自身の気持ちを考えるならら、
今まで育ててくれた両親にせめて幾らかのお金を渡したいと思うのが普通でしょうが!!しかも自分に支払われた保険金だったら、なおの事!
自分の大事な娘の命と引き換えにしたお金、それをご両親がどう使おうと、そんなの使う当人の勝手だろ?

”身を粉にして働いて”・・・?!
ちゃんちゃら、可笑しいね。だってそれは、保険の契約書にサインさせて手にしたお金だろう?!

大体、本当に一美さんを愛してたんなら、そのご両親にも感謝するだろ?
例え、怠け者だとしてもそんなの関係ないでしょ?一美さんを生んで育ててくれたんだから。
老後の生活費だって援助しようと思わないか?(儒教的古い考え方かい?コレって?)

本当に愛してたんなら、
一美さんが亡くなって、5ヶ月もしないうちに次の女と同棲なんてしないでしょう?
(子供の母親になってもらうためだ、とか言ってますが。それにしたって、早すぎ!奥さん殺されたんだよ?しかも奥さんが植物状態で入院してる時に既に知り合ってるし。)

”一美さんが自分の両親、肉親の悪口めいたことを言っていた”みたいなことを自分の本の中で言ったりしないでしょう?
たとえ、本・当・に・一美さんが両親のことを「怠け者でノミ屋まがいのことをしてて嫌だった」みたいに言っていたとしても、一美さんとご両親の名誉を考えれば、それを本の中で公表したりしないでしょう?(一美さんは反論できなくなってるって言うのに!)
このこと一つ取ってみても、本人曰く「愛していた」人に対する、思いやりとか誠意とかそれこそ”愛”とか、全然感じられないんだけど。


彼の言い分を聞いてると、自分を悪くいう人は皆、金に汚くて、チンピラで、ギャンブル好きで、男好きで、浮気性で、ってそんなんばっかり。皆自分を妬んでいる、だから悪く言うんだ、と。

到底、この人の言葉を信じる事はできないね。

という、結論を更に深めたのが、この章でした。

勿論、
 信用できない = 三浦サンが犯人、 と言うつもりはないよ。
どこまでも限りなく真っ黒に近いグレーではあるけど、物的証拠は、ないしね。
真実は一美さんだけが 知っている。
三浦サンは、自分に都合の良い”真実”しか覚えてないんだろうし。

続く。

[ 2008/03/23 01:59 ] 本の感想 | トラックバック(-) | CM(1)

『三浦和義事件』感想 2 

2 三浦和義サイドの視界

この章は、ハッキリ言って、納得いかないことが多かった。
話が一貫していない、というか、ウソ臭いというか。
三浦サンの理屈は私にはわかんなかった。
一般的な日本の常識とは違うでしょう、それ?と思うこと、多し。
子供時代の記述は読む気がしなくて、斜め読みして飛ばしてしまった。三浦サンがどんな子供だったかなんて興味ないし。
これは、もし先に「マスコミ・サイド」からの話を読んでいなくても、否めない「うそ臭さ」だと思う。
奇麗事ばっかりで、三浦サンに都合の良い話ばかりだし、言い訳がましいし。
”自分をめぐって争う女たち”とかね。
そりゃー自分のことを良く言いがちなのは、そして都合の悪い事は出さないのはしょうがないけど、なんというか、けっこうてらいもなく自分のことを褒めてる、んだよね。いろんな箇所で。

そして、”どうしてこうもイライラするんだろう、この章に入ってから?”と
その原因を探ってたんですが・・・それは「会話」です。

この章に入ってから、三浦サンと一美さん(殺された奥さん)、或いは三浦サンと浮気相手の女の子達との
会話がなぜか一杯挿入されているんですが、
この会話が全く、バカっぽいというか、どうでもいいというか、白けるというか・・・。
会話文があれば、確かに物語っぽい臨場感が出るだろうけど・・・

第一、これは三浦サンが自分の著書の中で書いた記述から取って来てるんだよね?多分。
まさか、島田荘司があの会話を創作したって事は、あるまい・・・
(だって作家さんが作ったにしちゃベタすぎる;)

だとしたら、「こんな細かい会話までイチイチ覚えてるか、フツー??」とか、
「男女の会話のセンスがオヤジ過ぎ」
「明石家さんまレベルの恋愛モーソー体質じゃないか?」とか、
突っ込みどころ満載。

あれは絶対三浦サン、妄想してると思う。
ボクら、あの時こんな事喋ったなー、って勝手に作ってると思う。
自分にとっての”理想の恋人たちの会話”を。
全く、不必要に会話が多いんだよ。

「見て見て!僕たちって、こんなに甘々~の恋人同士だったんだぜ!」ってなんだか自慢げですらある。

一例を挙げると


「和さんが手伝ってくれたら早く終わるんだからね」
「と、とんでもねえことですだ!一美さまの目で仕入れることに意味があるっつーのに、私ごとき者が選ぶなんて、めっそーもねえことでごぜえますだ」
「ほーっ、私ゃお代官様か。そんなこと言わないで、手伝ってよー、ねー、ねーっ」
「わーっ、やらしい奴、しななんか作って。おめえ、人の腿さ触ってどうすんだ?」
             ( 『三浦和義事件』p400より抜粋 )

とか。
まあ、そんな感じ。(サムっ・・・)

そんな風に「三浦和義から視点」のこの事件を読んでみても、
「三浦サンは信用できない」指数はどんどん膨れ上がるばかり。

その最たるものは、結局「お金」です。

一美さんにかけた「保険金」の使い道。
いろいろ喋りたがりの三浦サンも、どうも自分が手にしたお金の額だけは喋りたくないようで。
「疑惑」ったって、結局人が一番怪しむのは、まんまと大金を手にした、という事実な訳だ。
彼が奥さんに1億6千万近い保険をかけてなければ、これほど怪しまれることはなかったわけで。

まず、ロスで一美さんが入院にしていた病院に治療費を払わない理由もとうてい理解できないね。

”一美が退院の運びになった時、病室にオフィスの人がやってきて、あなたは一美さんの医療費を払わなくてよいと三浦に言った。「アメリカ人の大部分は、悪い人間ではないということを解ってください。」とも言った。三浦は彼の手を握り、感謝した。”

”一美を撃った犯人が逮捕されるまでは、例え治療費を請求されても払わないとインタヴューで宣言していた。”
                            (ともにP428より抜粋)
・・・って、そんなこと、アメリカ人が言う訳ないじゃん!!!^^
もし言ったとして、そいつの名前と病院内でどういう地位にいる人間かくらい、聞いておけ?
一筆書いといてもらえ?
例え、本当にそんなバカな事ほざいた奴がいたとしても、治療費は払うの当然だろ!人として!
そのために保険に入ってたんだろ?(建前として)
どういう理屈だ?
アンタは、日本で日本人に刺されて、日本の病院で治療を受けた時に、治療費を払わないってか?
滅茶苦茶です、この人。

次に、
一美さん死亡によって手にした莫大な保険金を、一美さんの両親に一銭も渡さなかった理由。

長くなったので、これは次回に。
[ 2008/03/19 01:59 ] 本の感想 | トラックバック(-) | CM(0)

『三浦和義事件』感想 1 

『三浦和義事件』
  島田荘司(平成9年11月10日初版発行 角川書店)
  
これは、とても面白い本でした!!
一連の「ロス疑惑」報道とその関係者が出した著作の主だったものを島田さんが総合してくれてます。
 
 1 マスコミ・サイドの視界
 2 三浦和義の視界
 3 裁判
 4 後記(著者の見解) の4部構成になってます。
 
 「マスコミ・サイドの視界」 ではマスコミの報道、及び重要な位置にいた関係者による著書(とはいえ口述したものをライターが書いたモノが多い)をあえて訂正なしでそのまま繋げて、ストーリーにしたもの。
これが、まあ、こういう言い方してはいけないんだろうケド、えらい面白い。

ま さ に ドラマ!!!

嘘みたいに 出てくる事実の一つ一つがイチイチ怪しいし!
三浦サンはホントにまあ、嫌な奴で!!女の敵で!!!
なんでこんなヤローがモテるんだ?!と世の中の真面目に働いてる朴念仁のオトーサン達がまるで親のカタキの如く憎々しく思うのは無理もない。しかも相手は美人ばっかりみたいし。
私自身も
 こんな奴がのうのうと優雅に暮らしちゃうような世の中なんかイヤだーーーー!間違ってる!!!
 何が何でも逮捕しちゃってよっ!!苦しみを味あわせてやってよぉっ!

 って 気持ちになりました(^^ゞ;小市民だしサ;
 当時大人だったら逮捕の瞬間をワクワクしながら、待っただろうなーーーと思います。

以前書いた記事の中で、
「あれだけバッシングの中、一貫して無実を訴え続けたのは結構スゴイんじゃない?」
なんて事を書きましたが、・・・わかりました。
あの人は、多分、自分のついた嘘を完璧真実と信じ込むタイプの人だろうな。
自分に都合の悪い事実は、
もう自分の都合の良いストーリーにつるっと作り変えてそれをすっかり信じちゃうような。
多分自分だけが可愛いんじゃないかと。
その場で適当な嘘をしらっとついて、どんな嘘をついたかを自分でも忘れちゃってるもんだから、その時その時で好きなように嘘をついて、それこそすぐにばれる様な嘘を平気でついちゃう。
まさに虚言壁の人で、詐欺師的要素たっぷりの人で。
例え10のうち、一つ真実が混ざっていても、誰もソレを信じない、ような人なんだろうな、と。

だから、殴打事件も、銃撃事件も”彼にとっては”自分は完璧に”無実”なんでしょう。
(事実はどうであれ)
ロスに移送されたら”新型の嘘発見器にかけられるかもしれない”なんて話もありますが、
どんなに素晴らしい装置でも、当人に嘘をついている自覚がないんだから、何も出てこないんだろうな。

「本人訴訟で500近くマスコミを訴えて8割がた勝訴している。報道被害っていう面ではプラスに働いたのでは?」
なんて 事も言いましたが
なんというか、彼の場合 ”趣味の訴訟”みたいな印象を受けます。
実際 訴訟に勝てばいくらかの金銭を得られるわけで、お小遣い稼ぎも兼ねて、みたいな?
趣味と実益を兼ねて、みたいな。
”ただの一般人に対して(プライバシーを無視した)あまりに常軌を逸した報道”
という言われ方をしてますが(実際本当に無茶苦茶な報道だったんだろう、とは思うけど)
でも、
三浦サン自身も充分にマスコミを煽ってるよね?
常に自分が騒ぎの中心になっているのが嬉しい♪っていうのがムンムン漂ってませんか?
マスコミが喜びそうなことを、どんどんやってませんか?自分からサ。
そんな三浦サンに本を書かせたり、連載持たせたり、人生相談のコーナー担当させたりして、
マスコミだって充分に三浦サンを利用してるし、
三浦事件関連の本だってすーーーごく出版されて売れただろうし、出版業界も充分潤ってたようだし。
三浦サンとマスコミ、に関しては報道被害というよりは、おタガイサマだろー?って 思うけどな。

持ちつ持たれつ。
魚心あれば水心。

確信犯的にマスコミを煽るような行動を取っておいて、「迷惑してる」って顔するのもどーかなーと。
ま、それでまた国民の反感買って、マスコミが彼を追いかける、みたいな構図なんだろうけど。

ハンサムで背が高くて、お喋りで嘘つきで、なのに社長で金持ちで女にモテル。
これが美人の奥さん外国で殺されて大泣きしてた癖に、その妻の保険金で豪邸を建てて新しい若い女と暮らしてる、ラシイ。
アリの様に地道に働く日本人にとって、最も嫌なタイプの人間だろうね、三浦サン。
まさに「唾棄すべき人物」

三浦サンが真犯人なのか、あくまで被害者なのか、真実はわかりませんが
一連の報道がされた当時の多くの多くの日本人が
”アイツだけはなんとしてでも懲らしめてくれ!”って切に願ってたんだろうな、というのは解ります、とっても。とにかく三浦サンの悪口さえ書いていれば、雑誌が良く売れたんだろうな、ってのも。

続きは次回。
[ 2008/03/18 13:36 ] 本の感想 | トラックバック(-) | CM(9)
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kerota17

Author:kerota17
無職の主婦。カエルと犬と本とコタツが好きです。

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